愛知工科大学 工学部

晴釣雨酒

自動車工業学科 准教授 掛布知仁/KAKENO Tomohito

掛布研究室サイト

晴釣雨酒

大体、釣行前夜というものは忙しいと相場は決まっている。というのも、2,3日前に道具や仕掛けは準備するものの、前日ともなると「アレドコダ」「コレドコダ」なんてことになる。要は、わくわくしすぎて今回の釣りにまったく不必要な物まで詰め込んでしまう、いわば、小学校の遠足前夜状態なのである。布団に入っても目は爛々と輝き、眠る気配など一向になし。いい歳した大人が次の日が楽しみで待ちきれなくて眠れないのである。釣りとは実に不思議な力を持っていると、つくづく感心させられる。目覚ましが鳴る30分も前に、いそいそと寝床から抜け出し、真っ暗な玄関の前で車に荷物を積み込み、「ヨシ」と小さく自分に気合を入れて出発するのである。何が「ヨシ」なのか、どこが「ヨシ」なのか、全く分からないのだけれど、魚釣りに行くときは、とにかく「ヨシ」なのである。気合十分、船の上で準備を始めるのだが、前日、熱病にも似た恍惚と期待の中で準備したワケの分からないものを見て頭をかしげることが多々ある。自分でもびっくりしたモノ第1位は、船の上で道具箱を開けたとき、BB弾が数発入ったおもちゃのカプセルが目に飛び込んできた時である。一体、何に使う目的で入れたのか、思い出せそうで思い出せないまま、その日は終わった。


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師崎沖 七福丸にてイサキ釣を釣る!



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初心者ほど強運を持っている。運は回を重ねるごとに消費され、やがては運の借金生活となる。

とにかく海は気持ちがよい。川でももちろん気持ちがよい。湖、沼、池、どこでもここでも、水辺は実にキモチいいのである。思うにこれは、人間の帰巣本能が働いているに違いない。生き物は大昔、水の中にいて、そこからエンヤコラとはいずりだして、悲しいかな重力が大きな顔をするこの地上に降り立った。今までは優雅で無重力的な、いかにも責任感のない生活をしていたのが、一転して、「なんだこれは」の重圧と「お肌カサカサ」の乾燥に支配された陸上で生活するようになったのである。水辺には初めて陸に上がった時の期待感、不安感がないまぜになって同居しており、太古の記憶を呼び戻されるからこそキモチがよいに違いない。また、開高健氏は「釣りがエキサイティングで熱中してしまうのは人間の狩猟本能を呼び覚ますからだ」と解説した。現に釣り道具屋へ行くと、人間の太古の記憶のスイッチをどこかで入れられた狩人たちがワンサカいる。


海で釣った魚は原則として食べることにしている。最近のコトバには「魚食」などというものがあるらしい。魚なんてかしこまって、敷居を高くして食べるものではなく、生のまま、あるいは塩を振って焼いたのなどを普通にアグアグ食べればよいものを、あえて「魚を食べましょう!」 「魚は体にいいんです」 「DHAがホーフで頭がよくなります」などと様々な付加価値をつけて食べさせようとするのも、いかにも胡散臭い気がする。これは、いかにおいしくない魚を食べている人たちが多いかを証明しているようなものだと思う。私の周囲にも魚が好きでない人が意外といる。聞くと「なまぐさいから」「まずいから」ということらしい。釣った直後の魚は、実はまったく「生臭く」なく、その味は「甘みがあって大変うまい」のである。まあ、こればかりは、魚釣りを経験するしかないのであるが、とにかく釣った直後の活きのよい魚を刺身にして食すと、弾力のある歯ごたえ、喉越しの存在感、広がる魚介類特有の甘み、次の一切れまでの箸のもどかしさ・・・ あえて表現すると、醍醐、至福、絶佳といったところか。これに左手の人は冷酒を、右手の人はご飯をあわせると、「ん~っ 生きててよかった」となるのである。魚が好きでない人は、ぜひ魚釣りをおすすめする。


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イサキの白子ポン酢和え。湯通ししたイサキの白子にかつおだしで割ったポン酢を掛けまわす。梅雨の時期のご馳走。

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太刀魚のお造り盛り合わせ。食感は絶品。味は繊細。酒は無制限。とにかく飲みすぎに注意!


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魚料理にはやはり日本酒。この世の中で最強のコンビネーション。



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安穏、驚愕、絶叫、闘争、祈り、忍耐、懐柔、悲哀、猜疑、歓喜、征服そして満腹

魚釣りはいつも2文字の熟語・・・。


また行こう。太古の記憶を思い出しに・・・。そして、うまい魚を食うために・・・。


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