外国出張あれこれ

情報メディア学科 教授 杉浦伸明/SUGIURA Nobuaki

杉浦研究室サイト

外国出張あれこれ

初めて日本国以外の国を訪れたというのは、新婚旅行での米国です。就職した当初、会社(前職の日本電信電話公社)の仕事で外国に出張するなんて無いだろうと思っていたのですが、外国出張する機会を得、現在に至っています。記憶をたどり、外国出張での出来事などをまとめ、簡単な旅行記を記してみました。

初めて外国出張として出かけることになったのは、米国AT&Tとの新同期端局装置開発での実装技術担当となったことです(1988年)。 初めて訪れたニューヨーク市・マンハッタンの高層ビル群に驚かされました(摩天楼とはこういうことかと、上を見上げてニュヨークの街中を歩いたことを覚えています。完全におのぼりさん)。AT&T本社での初会合、高層の会議室で会議をしている中で、窓脇をヘリコプターが飛ぶのを見たことを覚えています。 エンパイアステートビル、国際貿易センタービル(2001年9月11日に倒壊)に上りましたが、そのすごさには驚くばかりでありました(エンパイアステートビルに上ったとき、よくこんなビル[竣工1931年]を作る力のあった国と戦争したものだとおもいました)。5番街、ブロードウェイなど、その華やかさは、日本にない雰囲気であると感じたことを覚えています。Bell研の開発・製造部隊はBostonから西北約90km位のところにあり、90年までに4回訪れ技術討論をしました。これとは別にBell研の一行が日本を訪れ、技術討論を同じ回数実施したと記憶しています(小生が、“日本では通信装置の装置設計上、耐震設計が重要である”と話をしたその日の夜中に地震があり、地震とはこういうものかと、翌日の会議で話題になったことも懐かしく思い出します。米国東海岸では地震はないので)。この機会を通して、会議の進め方とか、アーキテクチャの考え方という点を勉強させていただきました。仕事とは別に、一緒に話をしたりして、文化や住環境の違いなどを知りましたし、初めて“ベジタリアン”という方々も認識しました。当初は通訳を付けて議論していましたが、後半は通訳なしで議論をしました。この経験から、技術者同士の議論は、何とかなる。ということを感じた次第です。

この装置開発がほぼ終わるころから、IEEE(米国電気電子学会)896(Futurebus規格)の機構構造規格検討にかかわるようになり、90年から 94年まで3ヶ月~5ヶ月に1度くらいの頻度で主に米国を訪れました。訪れた地のなかには、「初めて日本人を見た」という所もありました(Sun Valleyというリゾート地)。フロリダで開催された際、空き時間を使いNASAを見学しに出かけましたが、湖沼には野生のワニがいてびっくりしました。宇宙船製造の様子も見学でき感激したことを覚えております(宇宙食を記念に買いました)。また、91年1月の湾岸戦争勃発の時には、会議後に別の仕事で米国内を移動し滞在することになっていたが、「直ちに帰国せよ。但し、米国系航空会社は使うな」という会社からの命令を国際電話で受け取り、リコンファームしたフライトをキャンセルし、帰国便や帰国のためのホテルの予約をしてあわただしく帰国したこともありました。この際、サンフランシスコで1泊したのですが、市内で観光に来ていた日本人一行に、「戦争が勃発しましたよ」と話しても、何も知らず、浮かれている姿にちょっとびっくりしたものです。また、ハリケーンの影響で米国内国内便が乱れ、その結果、日本への国際便の乗り継ぎができず、一夜を空港で過ごし、翌日帰国ということもありました(荷物だけは先に日本へ)。Seattleは美しい場所であったことを記憶しております。世界一周をしたことも懐かしいです。LondonでFuturebus規格会議を行い、その会議後、米国Atlantaへ飛びIEEE ECTC国際会議での論文発表(開発したコネクタについて)し、帰国という西回りでの世界一周で、大西洋を飛ぶことはまず無いため、貴重な経験でありました。

Futurebus規格がほぼ集結した95年からはIEC SC48Dの会議に参加するようになりました。国際標準化活動として日本委員会という立場で参加し、欧米の各国委員と議論し、意見を提起し、日本意見を反映するということに取り組んできました。95年から98年に、ヘルシンキ(芬蘭)、ドレスデン(独逸)、ウィーン(墺太利)、ヒューストン(亜米利加)での開催の会議に参加しました。ドレスデンでは第2次大戦後の建物崩壊などがそのままで、順次復元するという状況でした(これも、昨年でしたか、完全に復元したということでニュースなどが流れたと思います。長い年月をかけたものだと思います)。日本の京都などは、近代ビルが多くて、古都という雰囲気があまりしません。ヨーロッパの歴史ある都市を訪れると、町並みなどかつての雰囲気を残しながら近代ビルとを組み合わせながら、発展していることを感じます。ウィーンは本当に美しかったです。99年から00年は所属部署が変わり業務の関係から国際会議並びに国内の委員会への参加が難しくなりました。01年から大学に移り学校の授業を中心とし、国際標準化活動はちょっと足が遠のいていたのですが、国内委員会委員長への就任依頼が国内委員会からあり、2003年に就任してから、再び、標準化会議への参加をするようになりました。ミラノ(伊太利亜)、北京(中国)、ベルリン(独逸)、プラハ(チェコ)、サンパウロ(伯剌西爾)と参加をしました。国際標準化会議を通じて、国益を考えて、主張するところと譲るところの駆け引きをしながらまとめていくということを学ばせてもらっています。国際化とよく言われますが、言葉巧みにしゃべることではなく、彼らの意見を聞き、言うべきことは述べて、どこで折り合うか、相互理解の過程が大切だなと感じています。

昨年のサンパウロ会議、一昨年のプラハ会議の旅行記が研究室サイトに掲載してありますので、どんな雰囲気の会議かはそちらを参考にしていただければと思います。一部の写真を載せておきます。


sugiura4_1

公式SNSOfficial Social Network Service

愛知工科大学、愛知工科大学自動車短期大学の公式SNSです。愛知工科大学、愛知工科大学自動車短期大学の入試広報課が運営しています。大学の最新ニュースやイベント情報などを配信しています。

  • twitter

    大学・短大
    共通

  • ライン LINE

    大学

  • instagram

    大学・短大
    共通

  • Facebook 愛知工科大学

    大学

  • Facebook 愛知工科大学自動車短期大学

    短大

  • youtube

    大学・短大
    共通

資料請求Document request

大学案内パンフレット、入試ガイドなど各種資料をお気楽にご請求ください。
資料申し込み方法は、「電話」「E-mail・FAX」「フォーム(インターネット)」「テレメール」による申し込みとなります。

0533-68-1135(代表)受付時間:平日9:00~17:00

本学のイベント情報や学内ニュース、入試情報など最新情報は、Facebook・LINEからも得ることができます!

  • 資料請求 Document request
  • お問合せ Contact Us