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新技術の誕生裏話・・・若き日の我が「プロジェクトX」 part2

機械システム工学科 教授 矢野正孝/YANO Masataka

新技術の誕生裏話・・・若き日の我が「プロジェクトX」 part2

恫喝にめげず

「お前のような転炉の本質を知らないものに何がわかるか」。「・・・・」。O重役室に呼ばれてしばらくは一方的な叱責である。

「我々が低リン鋼をつくるのに苦労したダブルスラグ法が何故失敗だったのかもう一度勉強して出直せ」。「・・・・」。

余りの怒号に返す言葉もなかったが、しばらくの沈黙の後、やおら口を開いた。「お言葉ではございますが、当時と周辺技術は格段に進歩しております。上底吹き転炉化による撹拌力向上により、迅速な脱リン処理が可能と考えます」。

転炉の神様を自認するO重役は納得せず、「最初からダメと分かっている開発に予算を付けるわけにはいかん」。「しかし、試験転炉で可能性を探る試験くらいはやらせて下さい」。「バカヤロー、この経営難の時に無駄金を使うな」。
仕方なく、その年の研究計画は「MURC法の開発」から「転炉脱リン法の基礎研究」と表現を変え、内容は同じながら密かに開発試験を続けた。今流にいえば、パワハラに対抗して、技術倫理を貫いたとでも言える一幕であった。

転炉脱リン法の原理と過去の精錬法

銑鋼一貫製鉄所において、転炉は高炉から出る溶銑に酸素を吹付けて脱炭、脱リンを行い、鋼を作る精錬炉である。工業規模での純酸素製造法の確立により、脱炭は容易に行えるが、脱リン精錬法には大きな変遷があった。脱リン法の原理は以下の化学反応による。

2P+5/2O2+4CaO → 4CaO・PO+532,360(kcal/mol)

この式より、脱リン促進のためには、(1)酸素ポテンシャルを高く、(2)スラグの(CaOパーセント)を高め、(3)低温域で反応させる、ことがポイントである。しかし、転炉終点は約1600度と高温であるため、(1)、(2)に配慮して終点スラグ組成を高(FeOパーセント),高(CaOパーセント)とする操業法が普通であった。しかし安定した脱リンは困難で、かつ低リン鋼の製造は非常に困難であった。このため過去を含めて転炉脱リン法を整理すると、

(1)ダブルスラグ法

日本への転炉導入初期に試みられた方法で、精錬初期の比較的低温域でスラグを作って吹酸脱リンし、炉を倒して人力で排滓(スラグを捨てること)、あるいは出鋼して排滓した後、再度スラグを作って脱炭を行う方法。上吹き転炉では撹拌力が弱いため反応速度が遅く、また排滓作業に長時間を要すため作業性が悪く、高速生産にマッチせず衰退した。

(2)溶銑予備処理法

ならばと、溶銑を高炉から転炉工場に運ぶ容器(トピードカー、溶銑鍋)を使ってCaOと酸化剤を吹込み、脱リン、脱硫する方法が考案され、1980~2000年の間、最適精錬法として普及した。日本国内の殆どの製鉄所において採用され、多額の設備投資が行われたが、従来より1プロセス増えることに対して誰も異論を唱える者はいなかった。

MURC法の原理と効果

MURC法とはMulti-Refining Converter(多機能転炉)の頭文字からとったペットネームで、従来溶銑予備処理法として約40分かかっていた脱リン精錬を転炉に集約する方法である。

鋼浴撹拌が強化された上底吹き転炉では、脱リン反応速度は速く、終点スラグを残して早期にCaOを溶かし、低温条件下(1350度以下)で吹酸すれば5~6分で脱リン処理を終り、排滓後脱炭すれば約30分での精錬が可能との推測を行った。 若手研究者Y君と綿密に実験条件を打合せ、先の「転炉脱リン法の基礎研究」の隠れ蓑のもと、「MURC法」の開発を断行した。 試験は当初の思惑を上回る好結果を生み、現場に適用すれば次のようなメリットを期待することができた。
(1)溶銑予備処理工程で要していた資材、人員の削減による、生産コストの大幅削減
(2)溶銑の熱裕度が10パーセント強アップし、余剰熱でのスクラップ溶解により生産能力の10パーセント強アップ、CO2排出量の10パーセント減を期待できる。
(3)低塩基度(CaO/SiO2)操業が可能で、石灰原単位減、スラグ利用のための安定化処理が不要。
しかし、好結果を全社の技術会議の場で説明しても、市民権を持たない研究開発を見る目は冷たく、足引っ張り論や現場への適用不要論が流布された。
このような空気を現場技術屋は敏感に察知し、いずれの製鉄所も実機規模で試験をやろうと名乗りを上げるものはなかった。もし現場試験で成功しても、100億円以上の投資で作った溶銑予備処理設備を放棄することになれば、無駄な投資をしてくれたとの批判を浴びるのを嫌がったのが当事者の本音であろう。

千載一遇のチャンス

重厚長大産業における新プロセスの採用は、実機大での実証がない限り無理である。本開発もベンチ規模止まりでお蔵入りかと、殆どあきらめかけていた頃、ある日の朝刊に次のような記事がのった。
“M製鉄所の高炉存立へ”。先述の溶銑予備処理設備は全社的、全国的に普及していたが本設備を持たない製鉄所に、唯一M製鉄所があった。実は当製鉄所の高炉は、リストラ計画で廃棄される前提で、溶銑に関る設備の新設は封印されていた。しかしこれは千載一遇のチャンスとばかり、直ちに航空券を手配し、翌日北海道まで飛んで、製鋼部長にMURC法の実験データ、予測メリットを逐一説明し、現場実験実施の約束を取り付けた。
この動きに水を差されないよう、数日後にはO重役に試験結果を説明するとともに、試験操業を披露し、今後の計画を報告した。さすがに転炉の専門家だけに理解は早く、「勲功ありだ。よくやった」とやっと振り上げた拳を降ろしてくれた。
現場での実験結果は、試験転炉を凌ぐ好成績を出し、特に大きな設備投資も無いため、翌月から実操業へと移行した。
さあこれから白日のもとに、世界を席巻するMURC法に育てあげるぞと張切った矢先、定年退職で会社を退く羽目となり、行く末はY君に託して社外出向した。
風のたよりに、昔勤務したO製鉄所が、続いてK製鉄所、Y製鉄所も本格採用に踏み切ったと聞いた。特許出願からすでに7年が経っていた。その後2004年発行の「鉄と鉄鋼がわかる本」によると、転炉操業のイノベーションとして、“日本が世界に誇るMURC法”との記述が出て来た。ということは、今頃は世界を席巻するまでに成長しているのかなと、我が意を得た思いであった。

我が子との再会のように

2010年暮れに、O製鉄所製鋼OB会の案内を受け取った。先のpart-1で書いた「恐怖の構内電話」の主であるT作業長が、とっくに引退の身ながら、駅への迎えから送りまで面倒を見てくれ、昔話に花が咲いた。 夜の懇親会に先立ち、2時間かけての現場見学があり、工場長時代にパトロールした通路を歩きながら、30年前より一回り逞しくなった諸設備を懐かしんだ。転炉操作室では当時新入社員だった若者が、最長老として現場指揮をとり、現場技術員がMURC法の現況を説明してくれた。 生みの親ながら、私にとって初めてみる大型転炉でのMURC操業であり、まるで立派に成長した我が子を慈しむように、様々な感慨が込み上げてきた。
T作業長によると、MURC法の採用により、
 (1)溶鋼[P]に起因する成分外れはほぼ皆無となった。
 (2)製鋼工場でのCaO原単位は1/3以下に激減した。
 (3)増産に次ぐ増産の時は、熱裕度に起因する10%強の生産量アップにより全社的には1000億円/年以上の収益向上に寄与した。
など、技術屋冥利につきる評価をもらった。
昔、生産現場で、戦友のようにつきあった仲間が次々に盃をもって集まり、当時の苦労話に、夜の更けるのも忘れるようなひと時を過ごした。

おわりに

前稿の「プロジェクトーX」 part 1では思わぬ反響があり、学生さん以外にも様々な方から声をかけて頂きました。これに味をしめてと言うわけではありませんが、part 2を寄稿させて頂きました。このような技術開発を行うには、昨今の新卒採用要件によくあげられるコミュニケーション能力を身につけ、組織内外の人々の力を充分活用することが肝要です。学生諸君にはさらにその前提となる“開発マインド”を養って頂き、ものづくり日本の将来を背負って頂くよう願ってやみません。

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